活版印刷を守るための「印刷をしない活字」。

築地活字 平工希一社長

組版を楽しむ鏡文字の万年カレンダー「KARAKURI」

 2022年春、活版印刷で用いられる活字を使ったカレンダーの試みが行われた。木の枠に収められたのは鏡文字(左右が反転している文字)の金属活字。だから、使う時は鏡に映して使わなければならない。この一風変わったカレンダーは「KARAKURI」と呼ばれ、広告会社の株式会社アーリークロス、出版社の株式会社なまためプリント、そして金属活字鋳造メーカーの株式会社築地活字の3社が起ち上げた「字心」という横浜活字プロジェクトが行ったもの。クラウドファンディングでこのカレンダーの購入者を募集し、一定の成功を収めたという。

組版を楽しむ鏡文字の万年カレンダー「KARAKURI」

 築地活字の平工社長に、活字組版の現況とプロジェクトの経緯を伺った。
「活版とは活字組版の略ですが、今では活字組版を使った活版印刷は頭打ち。ビジネスとして考えた場合、スピードや効率の面からオフセット印刷やデジタル印刷には到底かないません。一般の人がパソコンで、きれいな印刷までやってしまう時代ですから…。でも、趣味的に活版印刷で名刺やレターセットをつくっている人や、活版印刷に興味を持ってくれる若いデザイナーさん、それと印刷には興味が無いけど活字は面白いといってくれる人がいますから、何としても活字メーカーとしては活字を残したい。それで活字の新たな可能性を探り、考えついたのがオブジェとしての活字。インテリアとして楽しめる“印刷をしない活字”で、それをカタチにしたひとつの試みがKARAKURIです」
 KARAKURIの最大の特徴は、金属の活字を自分で組み換えて、自分だけのカレンダーが作成できること。そして年が変われば活字を動かして、いつまでも使えることだ。

活版印刷の静かなブームだからこそ後継者を育てたい

 「ここ20年くらい、東京の中村活字さんを中心に活版工房さんがイベントなどをやり、同時期に朗文堂さんが活版凸凹フェスタを始めました。それから若い活版作家が生まれ、デザイナーさんも活字の世界に入ってくるなど活版印刷が少しざわついています」
それと同時に、文具女子の間では活字を手帳にスタンプ替わりに押していることや、宋朝体※の書体をかわいいとウケていることも実感しているという。
 「活字に対する感じ方は人それぞれ違うと思いますが、活字組版は全く融通性が無く、できないものはできない。それがいいという人もいます。潔いというのでしょうか」
 例えば行の最後が「・・でした。」の場合、コンピュータなら強制詰めして「・・でした。」をその一行に入れ込むが、活版では文字数が決まっているので、その行に入らなければ、「た。」は改行されて次の行の文頭に送られる。写植のようなツメとか、コンピュータのようなカーニングやトラッキングなどはできない。容赦なく文字は送られる。それが魅力だという人もいる。

築地活字

 「私たちからすれば、それまで相手にされてなかった若い人たちに、活版印刷や活字が面白いとか魅力があると聞いて驚き、ウチもワークショップを始めようとなりました。ブームといえるかどうかわからないが、コップの中の世界で静かに賑わっていると思います」
 しかし、活版印刷も金属活字が無ければ続かない。活字を鋳造する職人は高齢化も進み、現在77歳である築地活字の大松氏を入れて日本では4~5人しかいない。そこで築地活字では、活字鋳造技術を未来につなぎ、深刻な後継者不足を何とかするために2021年にクラウドファンディングを立ち上げた。
※宋朝体…中国の宋代に用いられた楷書の印刷書体。活版印刷に用いられシャープな角線と点画の鋭い端が特長。

築地活字の平工社長築地活字の平工社長
金属活字鋳造職人の大松氏金属活字鋳造職人の大松氏

活字鋳造職人の基礎コースで現在4人を指導

 「毎週金曜日に個性豊かな方が来ています。鋳造するときは350~400°の高熱になりますから、大変危険で厳しい環境ですが、受講者は熱心に機械のことも勉強しています。ただ、あくまでも基礎コースなので8コマ受講した時点でもっと自分のものにしたい、次に進みたいという人は相談しましょうとしています。次のステップにいきそうな方もいますね」
 職業として、それだけで食べていけるか、自立するとかは難しい状況だが、海外ではまだまだ鋳造所もあるので思い切ってそこに行ってみる。また、日本でもどこかの活字屋さんでお手伝いをする、そんな選択肢があるかもしれない。実際に、築地活字には海外からの見学者も訪れているし、タイポグラフィーをやっている人からも興味を持ってみられている。

 いずれにしても金属活字鋳造と活版印刷のこれからに、一条の光が差し込んでいる。その輝きを守り、大切に育てていかなければならない。デジタルだけでは伝えられない温かさや味のある凸凹・カスレは、若い人たちの新しい考えや試みを加えながら、より豊かな活字文化として継承していくことになるだろう。

 

築地活字
築地活字

活字の素材は鉛、スズ、アンチモンなど。使わなくなった活字は溶かしてインゴットにする。それを溶かして新たな活字をつくる。まさにリサイクル製品


築地活字

1919年創業。活版印刷用金属活字の鋳造販売業として、業界屈指となる活字母型26万個を所蔵し、約100年に及ぶ経験・ノウハウを持つ。取引のある活版印刷ユーザーの受注を軸に、生産者がいなくなってしまった母型の製造についても国内外問わず情報連携し、拡充することで新しい書体、今までにないフォントサイズなどに取り組むことでサービス幅を拡張していく予定。さらに、活版印刷を体験できるワークショップを開催。活版技術を用いた商品開発にも注力している。
http://tsukiji-katsuji.com/

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