吉野ヒノキでつくる癒しの灯り。

あかり工房吉野 あかり作家・坂本尚世氏

目からウロコの「照明は心理学」という言葉

 奈良県吉野の製材所を営む環境で生まれ育った坂本氏。子どもの頃からデザインや絵を描いたりすることは好きだった。できれば好きなことを仕事にしたいと思いながらも美大ではなく、ごく普通の女子短大に進学。ところが住居学を専攻し、卒研で設計事務所をインタビューしたことがきっかけでその事務所でアルバイトをすることになり、インテリアに興味を持ちはじめる。
 「簡単な図面なら描けるようになっていたので、インテリアデザイナーとかコーディネーターなら自分でもできるのではと思っていました」
 でも、やはり専門的な勉強が必要だと考え、夜間のデザイン専門学校・インテリアデザイン学科に2年間通うことに。そこで受講したのが照明の授業。
 「インテリアデザインをする上で照明はすごく大事だと考えていました。照明の授業では配灯計画を学ぶのかと思っていましたが、今も師匠の橋田先生は『照明は心理学です』とおっしゃった。私自身そんなことは考えていませんでしたから、とても衝撃的でした」
 「ライトセラピー」という考え方に出会い、ここから坂本氏の「灯り」への追究がはじまった。

2022年10月8日〜16日まで南青山で行われた「吉野檜リラックスライト展」2022年10月8日〜16日まで南青山で行われた「吉野檜リラックスライト展 」

オレンジ色の灯り×吉野ヒノキ

 「ライトセラピー」とは、暗めの温かな色合いの光でリラックスしたひと時を過ごすこと。太陽系に住む私たちは、朝日が上ると目覚めて活動を始め、夕日が沈む頃にはリラックスして休息するというのが本来の生態リズム。だから夜寝る前まで青白く強い光を浴びていると体はリラックスできなく、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌量が減る。寝る2時間ぐらい前から少し暗いオレンジ色の光を低い場所に(沈む夕陽のように)置く方が、熟睡できるとさまざまな研究がなされている。こうした講義を受けて、課題で「灯り」をつくることになった。

 「照明の素材としてリラックスに適したオレンジ色の光になるものを身近な素材で探している時に、吉野ヒノキでもできるのではと思いました。橋田先生が突板(つきいた:天然木を薄くスライスした板)で照明をつくられていたこともヒントになり、突板よりもさらに薄く削ったヒノキを貼り合わせる方法で照明を制作しました」
 さらにヒノキの香りには心をリラックスさせ、気分をリフレッシュさせる効果もあるという。ライトセラピーの素材として持ってこいだった。

試行錯誤を重ね、ワークショップにもチャレンジ

 課題の「灯り」をつくった後、橋田先生のアシスタントを続けながら展示会にも出展していたが満足な作品がなかなかつくれない。
 「薄く削ったヒノキを貼り合わせていけば、何となくできると思っていましたが、木目の柾目がいいか、板目がいいのか。どのくらいの厚さで、どのような接着剤がいいのか。また、どういう風に仕上げればいいか、強度や安全面…。そういったことを何度も試しては、やり直していました」
 そんな駆け出しの「あかり作家」に地元の商工会から声が掛かる。商工会が企画している「吉野 山灯りコンテスト展」で、来場者が2時間くらいで簡単に灯りがつくれる「手づくり灯り教室」はできないかといった相談だった。
 「それならやりましょうと和紙やヒノキ、スギ、割りばしを使った手作り灯りキットを考えました。おかげさまで地元の人をはじめ、たくさんの方に参加いただき、その反響の良さからいろいろなところに呼ばれるようになりました」
 こうした試行錯誤やワークショップでの経験、展示会での発表を何年か重ね、機械カンナで0.1mmにスライスしたヒノキを手漉きの吉野和紙に貼り合わせていく現在のスタイルができ上がった。

0.1mmに薄く削られたヒノキ0.1mmに薄く削られたヒノキ

海外での展示会を経験し、奈良県コンベンションセンターに作品を納品

 2004年にアトリエ+常設展示ギャラリーショップ「あかり工房 吉野」をオープンした後、関西を中心に個展やグループ展を開催していく。そして2012年にはパリデザインウィーク、2015年にミラノで開催の展示会にも出展。さらにLEXUSが主催する「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2017」に選出され、2020年には奈良県コンベンションセンターのエントランスを飾る「吉野檜光壁」を納品した。
 「コンベンションセンターのエントランスにある大きな光る壁は、ガラスに和紙やヒノキを一枚一枚、手作業で貼り合わせました。合計で262枚、制作には3カ月掛かりました。吉野の素材を使って、新しい灯りのカタチをつくっていることが奈良県にも認められたのかなと思いました」
 貼り合わせたヒノキの色は、無垢の状態から年月が経つうちにあめ色に変化していく。点灯した時にオレンジ色が少し濃くなり、それなりの味が出てくる。
 「オレンジ色の『灯り』を使うようになってからは、よく眠れるようになったというお客さまの声を聞くのが一番うれしい。これからも地道に、細く長く続けていきたいです」
 専門学校の課題で「灯り」をつくり始めて、20数年。生まれ育った吉野の自然や素材の良さを発信しながら、あたたかく、やわらかく、やさしい灯りにこだわり続ける坂本氏は、もはや吉野だけではなく、奈良県が認めた日本を代表する「あかり作家」の一人になったといえるだろう。

奈良県コンベンションセンターのエントランスを飾る光壁奈良県コンベンションセンターのエントランスを飾る光壁

あかり作家 坂本尚世氏

あかり作家 坂本尚世氏

奈良県吉野町生まれ。実家は吉野ヒノキの製材所。「ライトセラピー」(オレンジ色のやさしい灯りが心身をリラックスさせる)という考えに共感し、20年以上前からスライスした吉野ヒノキと吉野和紙を貼り合わせた独自の照明器具や光壁素材をつくっている。吉野ヒノキや吉野スギ、吉野和紙の良さを伝えると同時に、灯りでホッとした時間を届けたいと活動している。
http://www.akari-yoshino.com/

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