文化財の複製をつくる。 それはプロフェッショナルならではの緻密な作業。

株式会社便利堂 コロタイプ工房 工房長代理 尾崎正樹氏

 虎屋 京都ギャラリーの展示会で初めて知ったコロタイプの世界。文化財の複製に用いられるその技術の高さは、長年にわたって受け継がれた職人によるもの。便利堂にお邪魔し、コロタイプ工房の尾崎氏に詳しいお話をうかがうことができた。

当初は文化財の複製は未知の世界だった

 「便利堂への入社は、16年ほど前。美術出版をやっている会社で何となく興味を持っていました。徳島でデザインを学びましたが、特に美術や日本画を専攻していたわけではありません。印刷工房の助手として入社しました」
その時は、文化財の複製作業に関わることなどは頭の片隅にもなかったという。しかし、他ではやっていない1色ごとに特色版をつくる製版やゼラチンを使った版づくり、専用のインキを使って1色ずつ重ね刷りしていく制作プロセスがおもしろく、コロタイプの独自性に強く惹かれていった。

コロタイプの製作プロセス

苦労を重ねた高松塚古墳の壁画再現

 1972年に発見された奈良県明日香村の高松塚古墳の壁画は、発見の翌日に便利堂が撮影した。45年後の2017年にこの時に撮影したフィルムを使って壁画をカラーの実物大複製としてよみがえらせるプロジェクトがあり、尾崎氏が担当した。
 「もともとモノクロ専用だったコロタイプでしたが、カラーで撮影すればカラーコロタイプもできる。便利堂が築き上げてきた独自の技術なんです。ただモノによっては、鮮やかな色を再現するのは大変です」
 発見当時に撮影したカラーフィルムがあれば、問題はないのではとお聞きすると
 「確かに狭い石室で撮影した割には、写真はピントの狂いがなく先輩たちの技量に感心しました。そのまま色校正を出して、関係者の方に見てもらったのですが、発見当時のイメージと違う、ツヤや色の感じが違っているということでした」
そこからが大変だった。具体的な色の見本はない。つまり、発見された当時のイメージを再現するには、当時見た人の頭の中にしか手掛かりはなかった。
 「監修の有賀祥隆先生にお話を聞くと鮮明に覚えておられました。密閉されていた高松塚の石室内は湿度が高く、発見された壁画の彩色はみずみずしくツヤがあったと教えていただきました」
こうした記憶と発見当時の文献に描かれていた顔料の記録などをもとに、細部にわたって手直しが始まった。結果的に西壁女子群像部は下地の黒、セピアからはじめて、10色以上を重ねて刷ることになり、鮮やかなピンク、黄、緑、赤の麗人たちが浮かび上がってきた。


高松塚古墳西壁全面のコロタイプ原寸大複製。東、北、天井壁も再現された。

琳派の豪華な傑作が複製として里帰りする

 高松塚古墳の前年に尾崎氏は、尾形光琳の「風神雷神図屏風」の複製にも取り組んでいる。光琳の「風神雷神図屏風」は俵屋宗達の代表作を模写したもの。もともとは尾形光琳の「風神雷神図」の裏面に酒井抱一が「夏秋草図」を描き、表裏の屏風として存在していたが、現在は保存のため別々の屏風に改装されている。これを複製で元の姿に戻そうというプロジェクトだった。
 「こちらも色の面では苦労しました。雲のにじみなどは日本画の“たらしこみ”の技法が使われていますから、どうしても実物を見たかった。東京国立博物館から写真データをいただき、製版して、色校正を持って東京へ行きました。許可されたのはわずか30分だけという時間でしたが、実物と色校正を見比べて、色や筆の運びを確認しました。そこで驚いたのは、絵の具をここは薄く、ここは厚くと塗り分けることで、人の視覚を惑わすというか、立体感を出していることでした」
こうして8色の色を乗せ、その上に金箔や手彩色の補彩を行い、動いているようにも見える、力強く豪華な「風神雷神図」は完成。裏面に抱一の「夏秋草図」を伴って屏風に仕立て、ようやく京都の地に里帰りすることができた。


コロタイプ原寸大複製両面屏風「尾形光琳筆 風神雷神図・酒井抱一筆 夏秋草図」
京都府京都文化博物館での展示風景 所蔵:京都府

海外に流出した作品の複製をつくりたい

 今もいくつかのプロジェクトが進行している。忙しい毎日だが、今後の展望をお聞きすると、次のような言葉が返ってきた。
 「海外に流出した日本画はたくさんあります。浮世絵などはたまに公開されていますが、それ以外の屏風絵などは、今の日本人が知らないものも多くあります。そういった作品の複製をつくり、里帰りではないですが日本で気軽に見られるようにしたい。美術の教科書の中だけでなく、実際にこんなに素晴らしいものがあったということを知ってほしいのです」
 コロタイプはこれからも文化財の複製を中心とした独自の道を歩むだろう。ただ、それは過去のものばかりでなく、現代作家の作品にも使われ画集やポートフォリオとして結実している。日本文化の継承や発展のために、便利堂の仕事はますます重要となってくるだろうし、もっと多くの人にコロタイプの魅力を伝えていきたい。これはコロタイプを知るすべての人の課題でもあるのだろう。


株式会社便利堂 コロタイプ工房 工房長代理 尾崎正樹氏

株式会社便利堂 コロタイプ工房工房長代理 尾崎正樹氏


株式会社便利堂

  • 〒604-0093
  • 京都市中京区新町通竹屋町下ル弁財天町302番地
  • TEL:075-231-4351(代) FAX:075-231-2561
  • HP http://www.benrido.co.jp

明治20年創業の美術印刷、美術出版を行う印刷会社。明治38年にコロタイプ工房ができ、以来美術図録や美術品複製にコロタイプが用いられてきた。現在コロタイプは世界でも希少な技法となっており、日本では唯一、便利堂のみが多色刷コロタイプで文化財複製を行っている。

便利堂ではコロタイプを一人でも多くの方に、知って体験していただくためにコロタイプアカデミーを開講している。初心者向けコースから専門コースまで、それぞれの興味に合わせたコースがあり、熟練のコロタイプマイスターから指導が受けられる。
気になる方は⇒ http://academy.benrido-collotype.today/jp/


便利堂のコロタイプハガキなどをKizuki.Japan ONLINE SHOPにて販売してしています

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