やりたいところで、やりたいことだけを続けてきた。 そうすると、その先が見えてきた。
和紙アーティスト 福嶋秀子氏
東京都江東区。東京都現代美術館近くの「Ikkou’s Gallery」で、6月10日から19日まで、「暮らしの中の和紙のかたち展」という福嶋秀子氏の個展が開かれた。以前から取材を考えていたKizuki.Japanは願ってもない機会なので、会期中の土曜日、オープン前に時間をいただきお話をうかがった。
普通のサラリーマン家庭で育ったから、美術系の学校には縁がなかった
子どもの頃に京都の大原で見た和紙のちぎり絵が「あったかい絵だなあ」と心に残ったという福嶋氏。その頃から自然素材や伝統工芸に興味があったが、和紙を使って何かをつくるといったことはなかった。外語大を卒業後、就職して忙しく働く中、絵を描くことに安らぎを感じる。ただそれは、スケッチブックに絵を描くといったおとなしいものではなかった。
「その頃ダイビングもやっていましたが、なかなか海に行けません。仕事のフラストレーションもあったと思いますが、畳一畳分くらいのコンパネ(建設用合板)に這いつくばって、海の絵を描きました。海の中には、青や緑、黄色といろんな色があります。絵の具でそうした色を乗せて海を描く。私自身も絵の具に染まりながらすっごく気持ちがよかった」
もともと絵を描くことが好きだった彼女は、型破りのやり方で絵を描き、その楽しさを改めて体得した。そして、ようやく和紙を使ってモノづくりをはじめていく。
「和紙をちぎってでんぷん糊をたっぷり付けてキャンバスに貼っていきました。そうすると濡れているときと乾いたときで、表情が変わってくる。和紙の作品は完成形が見えないというか、コントロールが効かないところに面白さを感じました」
作品づくりは上手くいくことばかりではなかっただろう。失敗もあれば後悔もあったかもしれない。ただ、面白いと感じるほど和紙という素材にひた向きになれた。
趣味から仕事への道のり
会社勤めをしながら和紙の作品づくりを続け、1998年に大阪の「AND’Sギャラリー」で初めての個展を開いた。また京都「ぎゃらりぃ西利」での企画展にも参加した。しかし、勤めながらの作品づくりは、どこか満足いかないこともある。
「その頃は和紙で何かできるだろうとぼんやりと思っていましたが、職人でもなく、画家でもない、職業としての具体的なイメージが見つかりませんでした。ただ私がやりたいこと、つくりたいもので、誰かが喜ぶ。それがお金になり仕事になるのが一番いい。見つからなければそうした仕事をつくろうと思いました」
和紙に対する思いが福嶋氏の信念を強くした。それから憧れのミラノサローネ※での展示までは5年くらいかかる。
「さすがに実績が無いのに、いきなりミラノで展示したいといっても無理があります。そこで知ったのがNPO 京都伝統工芸情報センター主催のコンテストで大賞をとれば、ミラノで展示ができるということ。いい話なので早速応募しましたが大賞の該当者はなく、残念でしたが展示できませんでした。それでもミラノには行って、展示作品やステキな雰囲気の街に引き込まれました」
ミラノへの想いをより強くした福嶋氏は、ミラノサローネへ出展するために作品をつくり続ける。それが紙蝶番を使った屏風だった。
「和紙を張り重ねて紙蝶番でつないだ屏風は、広げるとスキマができず1枚の絵のようになります。部屋の間仕切りとして使いますが、使わないときは閉じることもできる。何よりも軽くて丈夫です」
2008年のミラノサローネに「日本のかたち展」として出展。屏風は空間をつくるインテリアとして、現代アートとして注目された。またミラノで知り合った仲間とは今も各地のグループ展を共催する。そして、作品を欲しいという人が現れた。
※ミラノサローネ…毎年4月にミラノで開催される世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ国際家具見本市」の通称。
和紙の魅力をさらに引き出す
和紙のおもしろさは、温かみのある手触りであり、色を染めた時のにじみ具合。水に弱い点はこんにゃく糊を重ねて塗って補強していく。さらに耐水性を高めるために漆や柿渋、人工的なレジンなどを使う。こうして補強しても、和紙作品にはまだ軽いといった特性があり、バッグやアクセサリー、財布やペンケースなど、つくりたいもの、求められるもの、さまざまな実用品をつくった。
その一方でアート作品の制作にも取り組む。それは和紙の良さをもっと引き出していきたいから。
「例えば、自然界の葉っぱや海の中にいろんな色があり、それを再現するために色染めした和紙を何枚も重ねていく。そうすると意外な効果を発揮し、和紙の繊維が葉っぱや海の表情を見せてくれる。色をのせていく耐久性もあるし、しみ込み具合、風合いも和紙ならではと感じています。それは人の手によって形を変えた、暮らしの中で息づく“自然”とも言えます」
またミラノに憧れるとともにアルマーニ氏の世界にも惹かれ、和紙を使ってもらえることで、和紙の未知の可能性を引き出してくれるかもしれないと思いを馳せる。
「すごいと思う人と組むと、それに応えようとすることで新しいものができるのではないか、私が気付かない和紙の魅力を引き出してくれるのではないかと思います。それはパフォーマンス的な、現実離れしたものではなく、もっと実用的なもののような気がします」
工芸の世界に「用の美」という言葉がある。実用性の中に美しさを見出すと解してもいいだろう。福嶋氏はこの言葉のように、地に足がついた、あるべくしてある和紙の作品を指向している。和紙の魅力と空間や設えの趣がピタリと合った工芸品やアート作品、福嶋氏の生み出していく「暮らしの中の和紙のかたち」にこれからも期待したい。
和紙アーティスト 福嶋秀子氏
関西外国語大学スペイン語学科卒業。和紙を素材にしたアクセサリーやバッグ、文具などの工芸品からインテリアの屏風や照明、また大胆な図柄や微妙な色のにじみ具合が味わい深いアートまで、暮らし中に溶け込む作品を制作している。 http://www.katachiarumono.com/