絵を描く、紙を切る。黙々と家でやれるし、 近眼でも大丈夫。こんないい仕事、他にない!

伊勢型紙 型屋2110 那須恵子氏

三重県で伝統工芸に携わる若手職人グループ、「常若」。伊勢型紙、伊勢一刀彫、漆芸、伊勢根付のさまざまなジャンルで活動する6人に話をお聞きしました。まずは着物を染める時に使われている伊勢型紙から。その細かな彫り技と紋様は、アール・ヌーボーやイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動にも影響を与えたといわれています。

 以前は印刷会社のデザイン部でイラストを描いていたという那須恵子氏。もともと紙を切って、絵をつくることは好きだったというが、どんなきっかけで伊勢型紙の世界に出合ったのだろう。
 「印刷会社をやめて、自分の好きなことを一生追求できる仕事を探していました。着物やその紋様も好きだったので、それに関わる仕事もいいかと…。そんな時、友人が雑誌に載っていた伊勢型紙のことを教えてくれました」
 それまでは伝統工芸である伊勢型紙のことも、着物や手ぬぐいを染めるために伊勢型紙が使われていることも、まったく知らなかった。
 「着物を染めるとき、紙を使うとはどういうこと?伊勢型紙を知った時にはびっくりしました。自分が好きな紙を切ること、絵や紋様、着物に関わること、家の中でじっくりと仕事ができることなど、好きなことが合致したのが伊勢型紙でした」

当初、親方は1年も教えればいいかと思っていたらしい

 伊勢型紙の起源は諸説あるようだが、鈴鹿市の白子地区が江戸時代に紀州藩の天領となり、その保護を受けて発展した。江戸小紋の流行にも伴い需要は増し、明治以降の近代化の影響や戦争のため打撃を受けたものの、昭和40年代にピークを迎える。しかし、現代では着物の需要も激減し、新たな市場の開発も求められている。
 「親方といわれる方は何人かいますが、個人弟子はとらない、仕事がないから教えられないといった方がほとんど。私はとにかく伊勢型紙の彫り師を目指していたので、鈴鹿に移住して教えていただける親方を探しました」
そして突彫りの職人である生田嘉範(いくたよしのり)氏に師事することになった。
 「親方は、やたらと熱心にやっている趣味の人だけど、1年くらい教えたら解放されるだろうといった感じで受け入れてくれたみたいです。でも私としては意地でも噛り付いていこうといった感じでした。それが今では10年以上になります」
 親方に見込み違いがあった一方、那須氏にも思い描いていた伊勢型紙の職人の仕事と異なる部分もあった。それは、閉じこもって黙々と紙を切っていくだけでなく、イベントやワークショップでマイクを持って伊勢型紙についてしゃべることを任されていることだ。
 「私は元来人前に出るのが得意ではなかったのですが、伊勢型紙の宣伝部長のように講演しています。伊勢型紙を好きになったのですから仕方ないですね…」

繊細で緻密な作業中の型紙繊細で緻密な作業中の型紙
彫り終えた手ぬぐい用の型紙図案彫り終えた手ぬぐい用の型紙図案

伊勢型紙に特定の紋様はなく、日々新しいものが生まれている

 現在は親方の自宅の仕事場で朝から夜まで仕事に打ち込む。伊勢型紙には古典柄と呼ばれる「青海波」や「市松」「扇面」などもあるが、それを使っても、使わなくてもOK。また他の模様と組み合わせてもいい。紋様として伊勢型紙があるのではなく、工程として伊勢型紙があるということ。つまり素材と彫る技術こそが伊勢型紙だという。
 「着物の染め屋さんから依頼されるのは、やはりオーソドックスな定番柄が多いです。また以前に何度か染めに使われた型紙の柄を使うために、新しく同じ型紙をつくる“彫り替え”といった作業もあります。でも、私自身はこうした“彫り替え”よりも、新しいデザインで何かをつくることの方が多いです」

作品3主に那須氏のオリジナルデザインの型紙によって染められた作品

道具のクオリティが、その人の仕事のクオリティを決める

 伊勢型紙の彫り方には、定規と彫刻刀で均等な縞柄を彫る「縞彫り」、刃先が1~2ミリの小刀で突くように彫る「突彫り」、刃が楕円や菱などの形になった刃物(道具)で紋様を彫る「道具彫り」、刃先が半円の彫刻刀で円をくり抜き、鮫小紋などを彫る「錐彫り」と4つの技法がある。
 「私は主に『突彫り』を修業しています。型紙の材料は美濃和紙3枚を柿渋で1枚に張り合わせた渋紙。量産するために、この渋紙を何枚か重ねて彫っていきますから、刃先が少しでも傾くと紋様が変形してしまいます」
そのためには姿勢を保ち、同じ力、同じ気合で彫っていくことと、鋭く尖った小刀が必要になる。
 「突彫りは、刃先をとがらせた小刀を垂直に立てて切っていきます。手元が狂うと、その瞬間折れてしまうことも…。道具は彫り師にとって大切なので、刃先を研ぐことも大切な作業。刃先が気になればその場で研げるように、手元には砥石を置いています。切れ味がよければ、仕事の出来もついてきますから」

作品3刃先を垂直に立てて掘り進む

「常若」での活動によって伊勢型紙をPRする機会も増えた

 「常若」に参加したのは、同年代の職人同士でいろいろ相談ができると感じたから。結果的には、思った以上に役立っているという。
 「職人は自分の技術を高めることに熱中して、周りのことが見えなくなりがち。昔はそれでよかったかもしれませんが、今は座って待っていても仕事はなかなかやってきません。『常若』の仲間に刺激を受けながら、自分から伊勢型紙のことを発信し、営業していかないと、せっかくの技術が廃れてしまいます。それは本当にもったいない」
 伊勢型紙は伝統的な染色道具。それ自体は、決して芸術ではない。だからこそ、その魅力を伝えていくために、ワークショップや講演会が大切になる。那須氏の活動は、今後の伊勢型紙にとって大切な役割であるし、その意味でも「常若」は大きな力になるだろう。

作品3常若の手ぬぐいにはメンバー各人の作品がデザインされている

伊勢型紙 型屋2110  那須恵子

伊勢型紙 那須恵子

 


伊勢型紙 那須恵子

岐阜県出身。2010年、伊勢型紙の彫り師を目指し、鈴鹿市に移住。生田氏に師事し伝統の技を学び、自らの技術を磨くとともに、伊勢型紙の普及・振興のためのワークショップや街おこしなどの活動にも積極的に参加している。てぬぐいから小紋型、印伝にいたるまで、幅広く染め型紙を作成。「型紙が100年先も染め手を支え、型紙で心を伝える」がモットー。

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