江戸の粋な遊び心が、手の平に収まる小さな芸術品に【前編】
伊勢根付職人 大眞氏 梶浦明日香氏 平泰平氏
根付とは:着物には、洋服のようなポケットがない。そこで印籠や煙草入れなどの小物に紐を付け、その紐を帯の下にくぐらせ、紐の先につけた小さな留め具を帯の上に出していた。その滑り止めの留め具を根付といい、約400年前からつくられていたという。手におさまる、わずか3~4センチほどの小さな彫刻だが、意匠を凝らした精巧な作品は装飾美術品として評価が高く、海外にも多くのコレクターが存在する。
きっかけは三者三様、しかし同じ中川忠峰氏に師事する
編
「皆さんは、どのような経緯で伊勢根付の世界に入られたのでしょうか?」
大眞
「私はもともとファッションデザインを勉強していました。そちらの方に進むことを考えていたのですが、お寺の仕事を受け継ぐために東本願寺で修行しました。修行が一段落して家に戻っていた時に、伊勢志摩木彫会の展示会を知り、初めて根付を見たんですね。ああいいなあと思い、その場にたまたま師匠がいたので教えてくださいとお願いしました」
梶浦
「私はNHKのキャスターとして、『東海の技』という夕方のニュース番組のコーナーを担当していました。その番組の中で職人さんの世界が後継者不足の課題を抱えていることを知り、こんなに素晴らしいものを守るために、もっと職人さんの世界は素晴らしいと発信すべきだと感じました。でも、なかなかやる人がいない。であれば、いっそ自分自身が職人になって、職人はこんなにかっこいいんだと発信していこうと考えました」
平
「私は2009年の1月にNHKの『美の壺』を家で見ていると、伊勢根付を紹介していて『丸ネズミ』がアップで映りました。すごく緻密な彫刻だなあ、生きているみたいだなあと思っていたら、実際はとても小さなものだったのでびっくりしました。同時にほしいなと思ったのですが、調べると非常に高価だということがわかり断念しました。でも、もともと細かな作業が好きだったのでつくりたいと思い、2か月後の3月に師匠に会うために伊勢に向かいました」
編
「なるほど、きっかけはさまざまですが、師匠は同じ中川忠峰先生ですね。修行時代のご苦労は何かありましたか?」
大眞
「修行は年限があるわけではなく、基本的には終わりがないと思っています。今でも週に1回は師匠にお会いして、作品を見てもらったりしています」
梶浦
「最初はあぐらをかくことが大変でした。女性があぐらをかくことはまずないですし、ノミなどの刃物を持つ前に、まずあぐらから始めました。また、力もあまりないのでノミの柄を長くして、肩で押すように工夫しました」
平
「もともと兵庫県に住んでいましたので、修業のために松阪に引っ越して農業のパートをしながら根付をしていました。ですから2014年11月に『金近』※1が開店するときに声を掛けていただき、店の管理や向かいの『菊一』※2の手伝いをしながら、空いている時間はここで根付をやっていいという条件で働くことができるようになりました。こんないい条件は普通では考えられないので、すごく嬉しかったです」
※1 「伊勢 菊一」の姉妹店。民芸品・ギャラリー・レンタルスペースとして営業。根付教室も行われている。
※2 伊勢外宮参道にある老舗刃物店。現在は伊勢の文化を発信する寄合処として、工芸品や伊勢みやげなどを扱っている。
師匠は作品を見れば、誰の作品かすぐにわかるという
編
「皆さん年齢もほぼ同じくらいで師匠も同じですが、作風などは似てくるものですか、あるいは異なっていくものですか?」
平
「最初はみんな栗から始めます。手になじむように丸いものが基本ですね。そこから自分自身でテーマやモチーフを考えてつくっていて、自分は動物が多いです。最近は貝などもつくっていて、彩色を工夫しています」
大眞
「私の場合は壁にぶつけても大丈夫なもの、壊れないものをつくりたいと思っています。虫の場合だとリアルさが重要で、足までは何とかなりますが触角は難しい。丸い方が触っていて気持ちがいいので、あまり引っ掛かりがなく、といってのっぺりともさせたくない。工夫しながら、どこまでできるか試行錯誤しています。妖怪は可愛らしさ、恐ろしさ、いろいろな面があり、想像も膨らみます。表情をつけるだけで物語が広がっていく。架空のものだけど、物語を見せてくれる素材です。これを根付でどう表現していけるかが、もう一つのテーマになっています」
梶浦
「私は持っていて幸せになるもの、触って元気を与えてくれるようなもの。例えば、小槌とか、お地蔵さん。握りしめると力をもらえるお守りのようなもの、何かあったと時によしっと力をもらえるものをつくりたいと思っています。それと昔話をテーマにした猿蟹合戦、かぐや姫、ネズミの嫁入り、おむすびころりん。もう一つは、謎解きなど遊びのあるもの。例えば、栗の中にネズミがいるものは、栗+鼠なので“リス”というタイトルです」
大眞
「師匠から見るとこの作品は誰が作ったなというのがわかるらしいです。どれも小さな作品ですが、本人の個性が知らず知らずにデザインやテーマになって表れるんですね」