江戸の粋な遊び心が、手の平に収まる小さな芸術品に【後編】
伊勢根付職人 大眞氏 梶浦明日香氏 平泰平氏
技も素材も残していかなければ、絶えてしまう
編
「では、具体的にどのようなプロセスでつくられているのか、ご説明いただけますか」
大眞
「素材は朝熊山(あさまやま)で採れる黄楊(つげ)です。硬く粘りがある素材で、細かい細工ができるのが特徴です。まず、黄楊の木を手で軽く握って隠れるくらいの大きさにノコギリで切ります。そこに下絵を描いて、粗彫り。次に中彫り、仕上げ彫りと進めていきます。形ができれば磨きに入り、ここでも粗磨き、中磨き、仕上げ磨きと徐々に細かなサンドペーパーを使って磨いていきます。その後は、着色して布で乾拭きして完成です」
編
「素材は限定されているのですね。それでは将来的な不安がありますか?」
大眞
「不安はあります。黄楊はどこにでもある木ではありません。また、一見いい木だと思っても、切ってみないとわからない。中が腐っていたら使い物にならないんです」
平
「材料は師匠に分けてもらっていますが、黄楊の木の栽培ができたらと思います。ただ、使えるようになるには60年くらい必要なので我々の世代は使うことはできません。次の世代のために残していくことを考えなければなりません」
常若の活動は時間をかけてゆっくりと、長く続ける
編
「常若の活動についてお聞きします。最初に立ち上げたのは梶浦さんだそうですね」
梶浦
「ええ、2012年でした。伝統工芸はそれぞれに組合があり、その集まりはありますが、修行は師匠と弟子は一対一なので、ほぼ同時期に始めた3人も話す機会がない。集まって話せば、いろいろと悩みがあっても少しは楽になるかなと思ったのがきっかけでした」
編
「それが根付だけでなく、その他の伝統工芸を誘っていったのは何故でしょう?」
梶浦
「異業種だからこそコラボして何かできることもあるだろうし、職人として切磋琢磨してお互いに成長していけます。それにほぼ同じ年代、ほぼ同じキャリアで異業種のグループだと必ず周りから注目されるだろうと考えました。職人としてまだ3年ぐらいなので、作品もそんなに無いのですが、あちこちのデパートから展示販売会の声を掛けていただきました」
大眞
「今のところはワークショップ中心の活動です。学校や博物館、地域のお祭りなどで行っています。まず、皆さんに根付を知ってもらいたい。写真で見るだけでなく、実物を見て握って、確かめてほしいんです」
平
「私の勤めている『金近』でも、根付だけでなく常若の作品コーナーに伊勢一刀彫、伊勢型紙、漆芸を展示しています。また、1回2時間、4回で完成する根付教室も開催しています。趣味で始めたいと来られる5~60代の方が多いですが、中には30代の方もいて私たちの師匠のところにも通われているらしいです」
編
「それでは、その方は弟弟子にあたるわけですね」
平
「そうなります。そういった人が増えるのはうれしいです」
日本ならではの文化として海外に発信していく
編
「今後の展望や取り組みたいことはどのようなことでしょうか?」
大眞
「現在はなかなかワークショップが開けない状況ですが、この時期にこそ、各自の技術をしっかり高めることを心掛けています。後継者を見つけるためには、まず自分たちも腕を上げないと…」
平
「東京の西武百貨店の展示会に行ったことがありますが、それは全国の作家の作品を展示していました。古い根付と違い、新しいものですから細かなところがしっかり残っている。こんなものが人の手で彫れるのか、根付って難しいと再認識しました。透彫(すかしぼり)といって作品の輪郭の中にさらに作品を彫っていくものなど、まだまだ自分はやっていないので、挑戦したいと考えています」
梶浦
「外国の方に、根付は触って摩耗して丸くなり、色も変化していく。これを“なれ”といって、初めて一人前ですというと大変興味深く聞いてくれます。精神性というか、東洋の神秘と感じているのかもしれません。また、2010年のイギリスのB00K of THE YEARは、なんと根付けの本でした。ロンドンの骨董屋さんにも普通に置いています。それだけ根付は海外の方が有名で、人気があるのかもしれません。これは日本の財産であり、絶対に失ってはいけない。今ならまだ間に合う。そんな気概を持って、これからも明るく取り組んでいきたいと思います」
編
「『常若』という意味は、受け継いでいくことで永遠になると教えていただきました。まさに、皆さんのお力で日本の工芸がこれからも未来へ受け継がれていくことを願っています。本日はお忙しい中、ありがとうございました」
常若
三重県を中心に活動をしている伝統工芸を担う若手職人のグループ。それぞれが持つ技術を交換したり、同世代で悩みを共有したりと、交流を目的とするだけでなく、多くの人に伝統工芸を知ってもらうきっかけになる活動ができればと2012年発足。伝統工芸の魅力を知り、使ってくれる人が増えると後継者も増えていくという思いを原点に活動している。
大眞
大学ではデザイン画や立体裁断など服づくりを学ぶ。三重県育ちながら、展示会で見るまでは伊勢根付の存在を知らなかった。現在は三重県菰野町(こものちょう)で住職を務めながら、作品づくりに取り組む。時代に合う新しさを追求しながらも、実用品であることにこだわり、「落としても欠けない、頑強さを保った彫り方」の根付を作成。
梶浦明日香
元NHK名古屋放送局・津放送局キャスター。取材を通じて知った伊勢根付職人の中川忠峰氏に2010年に弟子入り。2018年にはロンドンのアート展『DISCOVER THE ONE JAPANESE ART IN LONDON』で大賞を受賞。「常若」の他に東海地方の女性伝統工芸作家のグループ「凛九」を主催。各地で展示会やワークショップを開催している。
平泰平
1985年、兵庫県生まれ。根付の存在を知ったのは、テレビ番組『美の壺』。番組を見た2カ月後に伊勢を訪れ、翌月には三重県に移住。現在はイベントやワークショップなどが行える「伊勢菊一 金近」の店長として働きながら、根付を買った人が見て喜び、他の人に見せたくなるような作品づくりに励む。
URL:https://www.facebook.com/yasuhira.taira.netsuke/
「伊勢菊一 金近」URL:https://isekikuichi.com/kanechika/