ビールをつくった後のモルト粕をオシャレなペーパーに。
株式会社kitafuku 松坂匠記・良美夫妻
人気のクラフトビールにも解決すべき環境問題があった
日本で最初にビールを醸造したのは横浜。時代は明治になったばかりの1870年の頃でした。時間は流れ味や会社の持ち主も変わりましたが、今もそのビールは受け継がれています。そして2022年、横浜は10か所以上のブルワリーがあるクラフトビールのメッカとして新たに注目されています。でもそこには新たな課題があったようです。
醸造後のモルト粕はどうしているか
ビールはモルト(大麦)を醸造してつくられますが、その過程で出てくるのがモルト粕です。実はこの処理に困っていました。大手のビールメーカーは、家畜の飼料とするなど、既に再資源として活用するルートができていますが、小規模のクラフトビールメーカーでは対応が難しかったのです。
クラフトビールメーカーのひとつ、横浜ビールの広報・横内氏はこう語ります。
「最初は牧場にモルト粕を飼料として出していましたが、送る手間などがかかり大変でした。5年くらい前から水源である道志村とのつながりができ、モルト粕やレストランでの生ゴミを横浜環境保全株式会社さんの『ハマのありが堆肥』というものに再生。それを道志村で野菜作りに使ってもらっています。そして収穫された野菜は、私たちのレストランで使うといった食の循環ができています。しかし、モルト粕はひと月で2トンくらい出ることもあるので廃棄せざるを得ないこともありました」
クラフトビールメーカーの課題をキャッチ
こうした課題をキャッチしたのが株式会社kitafukuの松坂氏。kitafukuは、松坂氏ご夫妻が2019年7月に設立したスタートアップ企業です。環境問題に関心があった松坂氏はまず、横浜ビールの直営レストランで廃棄食材の話をうかがっていたところ、モルト粕の課題を知ったのです。焼却処分すればCO2排出につながります。そこで松坂氏は、モルト粕を使って紙ができないかと考えました。
「実は奈良にあるペーパルさんという紙の卸問屋さんが、フードロスペーパーとして廃棄米からつくった“kome-kami”という紙があることを知っていたので、モルト粕からも同じようなことができないかと思ったのです」
kitafuku、ペーパル、横浜ビール3社での取り組みが始まる
その後、モルト粕をアップサイクルしてクラフトビールペーパーをつくるプロジェクトが、kitafuku、ペーパル、横浜ビールの協業というカタチで始まることに。ただ、
「紙にするのはいいと思いましたが、ペーパーレスの時代に需要はあるのか、またモルト粕は毎回同じ量が出るわけではない。ウチだけで続けていくのは難しいのでは…」
という横内氏の心配もありました。
これを解消したのがkitafukuの行動力。いち早く他のブルワリーにも声をかけ、モルト粕の提供をお願いして了承を得ていました。また横浜ビールのイベントへ毎回参加することや話し合いを重ねるごとに、横内氏のkitafukuへの信頼は高まり、クラフトビールペーパーへの期待もふくらんできたのです。
開発には「職人技」も必要だった
ブルワリーから提供されたモルト粕を製紙会社で乾燥し、粉砕してクラフトペーパーの再生材料に混ぜ込む、このモルト粕と古紙の混抄率(こんしょうりつ:どのくらいの比率で混ぜ合わすか)が大きな問題でした。ただ環境のことだけを考えてモルト粕の比率を上げるのではなく、紙として使いやすいかどうか、印刷しやすいかどうか、さらに個性的な味わい・素材感が残せるかどうか。いくつかのハードルをクリアしながら、モルト粕6%配合のクラフトビールペーパーが生まれたのは、2021年6月でした。
ブルワリー各社でも活用しているクラフトビールペーパー
出来上がったクラフトビールペーパーは、ところどころにモルト粕の粒が感じられ、味わい深い質感のクラフト紙となりました。現在は、各ブルワリー直営のレストランで使用できるコースターやメニューなどや、名刺、ポストカードなど事務用品が販売されています。さらに缶ビールが6本収まるギフトボックスやカップホルダー、ランチボックスなども開発しています。
「私たちが思いつかない使い方もあるでしょうから、広く皆さんの考え方を知りたい」と松坂氏がアイデアを呼びかけると、横浜市内のデザイン会社からは知育玩具、滋賀県の高校生からは文房具などが提案されました。横浜国大の学生さんにはクラフトビールペーパーの開発での苦労した点などを伝え、何か連携して行おうといった動きもあります。
また、2022年1月にはドイツ国営の国際放送局DWが取材。イタリア、ベトナム、タイ、アメリカからも問い合わせや反応があるということです。
今後の展開は…
順調に進んでいるクラフトビールペーパーですが、これからの何が必要になってくるかを松坂氏にお聞きしました。
「ブルワリーさんとの連携は、モルト粕の回収も上手くいっているので問題ありません。ペーパルさんを含め、いくつかの製紙会社さんとも問題ない。気にしているのは流通です」
では、流通にはどんな解決策を考えているのでしょうか。
「印刷会社さんに対しては、在庫が十分に確保していただけるようにすること。これには安定生産を行うために、より多くの方に紙を活用していただける製品にしていくこと、ブルワリーさんから回収したモルト粕をスムーズに製紙会社さんにお渡しできることの2点がポイントです。それと一般消費者には、このペーパーが生まれた背景や環境に配慮した商品だということを上手く伝えることだと思います。消費者に伝えるためには展示会やワークショップなどの機会を通じて、とにかく手に取っていただき、質感を確かめてもらう。そしてさわった時にかっこいいな、オシャレだなと感じてもらう。ビールをつくった後のモルト粕が、アップサイクルされオシャレなコースターやポストカードになったストーリーを知ってもらいたいのです」
こうしてファンを増やし、サスティナブルな取り組みを自然に理解すると、環境に配慮することがいつの間にか定着していくかもしれません。松坂氏は最後にこう結んでくれました。
「私たちは地域の課題を解決するため、できる限りお手伝いをしたいと思っています。それが結果的に環境や社会にいいということにつながれば、私たちもうれしいですね」
株式会社kitafuku
松坂夫妻はお二人とも前職はIT系のシステムエンジニア。お互いの地元の北海道と福岡から会社名をキタフクとした。地元を大切にしつつ、今住んでいるところも大切にしたいという思いから地域の課題を抽出。解決をサポートすると同時に、地域の企業や自治体のストーリーを伝えられる会社にしたいと考えている。
https://kitafuku-project.com/
クラフトビールペーパーの購入は
https://cbp.kitafuku-project.com/#shop