仕上がりを想定し、一つひとつの工程を積み重ねる。 それが深い彩と光沢になる。
漆作家 Urushi一滴 大内麻紗子氏
全国各地に漆の工芸はある。有名なのは輪島塗とか会津塗、津軽塗。もちろん京都や鎌倉、東京にも漆工芸は存在する。伊勢に漆芸があることは知らなかったが、そこはやはり伊勢神宮のある地。神職の履く浅沓をつくる漆芸や、一時途切れたが復興された伊勢春慶という漆芸があった。
元々はスポーツウェアのデザイナーだった
「私も浅沓づくりには2年ほど携わりましたが、職人さんが亡くなり私もその仕事からは離れています」と漆作家の大内麻紗子氏は語る。
それでは漆芸の技術はどこで身につけたのだろうか。
「実は私はもともと服飾デザイナーでした。文化服装学院服装科卒業後、服飾専攻科デザイン専攻を終了して、あるスポーツウェアメーカーで女性用のスポーツウェアをデザインしていました。ただ、働く中で機械的に大量生産され、流行のままに消費されていく製品のあり方に違和感を覚えていたのです。それで“後々まで残る物をつくりたい”と美大を受験しようと考えました」
なるほど、では美大で漆に出合うことになったのだろうか。
「残念ながら美大受験には失敗しました。ところが予備校の担当講師の方が漆をやっていて、話を聞いているうちにやってみたくなりました。それで香川県漆芸研究所という学校に入ったのです」
香川ではじめて知った漆の苦しみと美しさ・魅力
ウルシの樹液を器の表面に塗ると、水をはじき、くさらない被膜を作るので、昔から生活の道具に用いられてきた。椀や箸、盆や重箱など、漆が塗られた器は今でも多い。この特徴を活かして金・銀や貝で美しく装飾し、文書や衣装を入れる箱や、楽器、刀の鞘や鎧などがつくられてきた。ところが、普通の人はウルシの木や樹液を触るとアレルギー反応を起こす。いわゆる「かぶれ」で、かくことによってひどい場合は全身にまで広がる。日頃から接する漆職人には耐性ができるが、新人は過酷な洗礼を受けることになった。
「大変でした。一時は顔までかぶれ…、先生からは『無理して続けなくてもいい』といわれました。それでもやめなかったのは、やはり漆に魅力を感じていたからでしょう」
そこまで苦労しながら続けられた研修時代。では漆のどんなところに魅力を感じていたのだろう。
「漆の持つ幅広い可能性でしょうか。全国に漆芸があり、技法はそれぞれ違います。中でも学校で教わった技法は全国でも珍しい漆を彫るというもので、完成のイメージを持ちながら、計画を立てて何度も塗り、彫るといったことを繰り返していきます。それが数カ月から半年くらい続き、思い通りのものができた時には、喜びを感じます」
江戸時代に確立された讃岐漆芸
讃岐漆芸は、江戸時代後期に登場した玉楮象谷(たまかじぞうこく)によって始められ、「蒟醤(きんま)」、「彫漆(ちょうしつ)」、「存清(ぞんせい)」の三技法が確立された。
「今やっているのは、蒟醤という技法です。素材の表面に下地をしてきれいに整え、漆を塗って室(むろ)で乾燥させます。温かく、湿気もないと漆は乾かないので温度と湿度の調整が必要になります。塗っては乾かし、塗っては乾かしを何度も繰り返します。1回の塗りで0.03mm、10回でも0.3mmの厚みにしかなりません。その厚みを彫って、溝に塗り面とは違う色の漆を入れ、表面が平滑になるように研磨して模様を描きます」
出典:高松市美術館「讃岐漆芸の三つの技法 蒟醤」
http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/museum/takamatsu/collection/sanuki.html
高価なイメージのある漆を身近なものにしたい
写真のアクセサリーは、2021年新年に名古屋のデパートで行われた催事向けの品。東海地方の女性職人たち九人が集う「凛九(りんく)」でのイベントだ。
「漆は高価なもの、鑑賞用だと感じている人は多いでしょう。確かに美術品と同じ技法でたくさんの工程があり、時間もかかりますから値段はそれなりに高くなります。でも美術品ではなく、身近にあって手に取ってもらえるもの。そして技法を凝らした美しさや表現の豊かさを感じてほしいと思っています」
「常若」や「凛九」での活動は、互いに刺激や新しい発想の源になる。最近はYou Tubeでの動画投稿やZOOMでのミーティングも行っているという。
「一人で作業をしていると時間の感覚も忘れてしまいます。互いに声を掛け合ったり、休憩しておしゃべりしたり、コミュニケーションを取りながらやっています。今は手鏡やアクセサリー、小物入れなどを中心に、既存の漆のイメージにとらわれないような制作を心がけています。今後はファッション性の豊かなもの、シーズンが変わればまた欲しくなるもの、海外の方にアピールできるものを目指していきたいです」
いろいろな職人とのコラボレーションも行っている。新たな素材への挑戦もあるだろう。それによって作品の方向性は、さらに豊かに広がっていく。それでも大内氏の描く漆は、繊細で鮮やかな彩を保ち続けていく筈だ。
漆作家 Urushi一滴 大内麻紗子
漆作家 Urushi一滴 大内麻紗子
千葉県出身。文化服装学院修了後、スポーツウェアデザイナーとして就職したものの、一つ一つを大切にするものづくりを自分の手で行いたいと思い、香川県漆芸研究所で漆芸を学び漆作家に転身。三重に移り住んでからは、神職が履く浅沓を知り、その製造技術を学ぶ。伝統的技法に加え自分なりの表現に挑戦することで、漆になじみのない人にも興味を持ってもらいたいと、伝統工芸に携わる若手職人グループ『常若』『凛九(りんく)』のメンバーとしても活動中。