たおやかでおおらか、それでいて沁みる作品。

和紙造形作家 にしむらあきこ氏

和むだけでなく、心に残る和紙造形

 ネットを検索していると不思議な本に出会いました。和紙造形作家「にしむらあきこ」氏の手づくり本。和紙のような紙面に、やわらかいタッチで絵が描かれています。そして絵の対向面にはつぶやきのような言葉が記され、読んでいくとゆっくりと絵の世界に引き込まれていきます。言葉の奥底にある気持ちの揺らぎが、そのまま表現されているようです。
 その本は和紙造形という手法でつくられていました。「Kizuki.Japan」では何人かの和紙作家さんや職人さんを取材していますが、和紙造形は初めて。どういった特徴や違いがあるのでしょうか。そこで東村山のアトリエへにしむら氏を訪ねました。

古民家を再生したアトリエ

 築60年を過ぎた古民家を再生した「百才(ももとせ)」といった施設に、アトリエ「紙と青」があります。にしむら氏は、にこやかな笑顔で迎えてくれました。
 「この建物は空き家になっていて取り壊すか、再利用できないかと大家さんは悩まれていました。ちょうどアトリエを探していたので、ここなら好都合だと思い、地元工務店と編集デザイン制作会社、そして私が立ち上げメンバーとなって再生活動を始めました」
 再生する工事は大変だったようですが、ともあれ快適なアトリエが誕生。土間を利用しているため部屋の中に井戸がある、ちょっと変わった環境で創作活動をされています。

古民家を再生したアトリエ

工芸デザインから和紙造形へ

 なぜ和紙造形にひかれたのか、その辺りからお聞きしました。
 「大学では工芸デザインを学びましたが、卒業後は就職氷河期で思うようになりませんでした。その時興味のあった空間デザインを夜間専門学校で学び、派遣社員として機械設計の会社や文具メーカー、外資系ホテルなどで働きました。その間に友達とグループ展なども行っていて紙の照明をつくりたいなと思い、和紙を探していたのですが思うような紙に出会うことができませんでした。自分でつくれないかと考えてある教室に行き、そこの先生から本気でやるなら和紙造形大学があると紹介されたのです」
 和紙造形大学では二泊三日で年8回、群馬県の川場村へ行き、和紙がどうやってつくられるか、原料のコウゾのことや紙漉きも学び、並行して和紙造形の基本も学びます。つまり和紙と和紙造形の一通りのことが勉強できる「気合の入った教室」(にしむら氏談)とのこと。ただ残念なことに2023年現在では開催されていないようです。

和紙造形の魅力とは

 和紙造形は普通の紙漉きと違って、コウゾの繊維が混じった水の中に何度も簾桁(スケタ)をくぐらせ繊維をすくい取る、一般に知られた紙漉きの工程はありません。繊維をすくい取るのではなく、流し込むといった作業のようです。例えば白いコウゾを絵の土台にするために簾(ス)の上に流し込み、その上に葉っぱの絵を描きたかったら、型紙やヒモなどで形をつくりそこに色を付けたコウゾの絵具(液)を流し込みます。他の図柄も同じように色の付いた液を流し込み、この作業を繰り返して1枚の絵に仕上げます。またコウゾの絵具を混ぜ合わせて別の色をつくることも、色を薄めてグラデーションのような効果を出すことも可能です。
 「全部が濡れた状態で作業が終わり、乾かすと1枚の絵になります。ただ、やっかいなところがあり、制作の途中と乾いた時では色が違ってきます。それでも私は予想が付きづらい部分をおもしろく感じましたし、その頃は今より大きな作品をつくっていて、アート表現に向いていると感じたのです」
 さまざまな目的に使われる実用的な和紙ではなく、コウゾなどを流し込んでアート作品をつくることが和紙造形といえるようです。
 「自分好みの紙がつくれるようになるのかな、と思って始めた和紙造形ですが、平面表現というか絵だったんですね。あまり絵が上手くなくても水と繊維の力でどうにでもなる。思いもよらない色とか効果が出るのがすごくおもしろく、やっているうちにどんどん夢中になってきました」

出来上がった和紙出来上がった和紙

作品の広がり

 アート作品ばかりでなく、2007年頃からは生活に取り入れやすいものもつくり始めたそうです。それは工芸作家の展示会で和紙作家のハタノワタル氏が和紙のバッグを出展していて、それを見たのがきっかけだったといいます。
 「かわいらしいバッグでした。和紙でこんなことができるのか、これなら自分でもやってみたいと思いました。文具メーカーにいたこともあり、まずレターセットやハガキなどの製品をつくってみました」
 こうして出来上がった文具や小箱などは、今もグループ展や個展などに必ず出展しています。少しずつ売れていますが、和紙造形作家としては、やはりそれだけでは満足できない。そこで新たなアート作品を手掛けることに。
 「懇意にしているギャラリーさんから、宿泊施設や病院、福祉施設の壁面を飾るアートのお話しをいただくようになりました。そういった安らぎや落ち着きを得られる空間に、邪魔にならず、少し色がある作品があるのもいいかなと思っています」

手製本へのこだわり

 「私の制作は、はじめに文章が浮かんできます。そのイメージを膨らませ、作品にしています。以前はそれをあえて出す必要はないと考えていたのですが、絵本屋さんで個展をやる時に本にしてみようと思ったのがきっかけです。割と評判がよくて、皆さんから文章も出した方がいいといわれ、詩集や物語のような形にしています」
 装丁にこだわって和綴じにしたものや、一人息子さんをテーマにしたもの、大好きな猫をモチーフにしたものなど、すべて手作業。そしてどの手製本にも愛しいものを守る、一緒に生きていく喜び、音やリズムのおもしろさ、希望や夢などが、やさしい質感と色味に包まれて、静かに主張しているようです。

手製本へのこだわり

和紙造形サークル紙ing!

 これからの活動をお聞きすると、どうやらコロナも落ち着きそうなので、新たな作品づくりやワークショップなどの活動を積極的に進めていきたいとのこと。
 「コロナ禍で開催できなかったワークショップを今年は再会します。できるだけいろいろな方が参加できる、垣根のないサークル活動のようなものです。子どもや大人、老若男女が集まって、教え合い助け合って作品をつくっていくような活動です」

 「百才」の敷地内にあるシェアキッチンで開催された「和紙造形サークル紙ing!」にはキラキラと目を輝かした子どもたちと、笑顔で教えるにしむら氏の姿がありました。サークルメンバーたちが自由制作でつくりたいものは、ウチワやノートカバー、アートパネルなどさまざま。対応するにしむら氏のやさしい眼差しは、和紙造形のおもしろさを伝えたい思いが見て取れます。そしてそこには、氏の作風に表れるような“たおやかさ”や“おおらか”な雰囲気が感じらました。

手製本へのこだわり

 


和紙造形作家 にしむらあきこ氏

和紙造形作家 にしむらあきこ氏

京都市生まれ。千葉県市川市育ち。文化女子大学の工芸デザインコース卒業後、和紙のテクスチャーに興味を覚え和紙造形大学へ。デザイン作業を続けながら、和紙造形の表現力や可能性を感じ、和紙造形作家として独立。東村山市の文化複合施設「百才」にアトリエ「紙と青」を構える。宿泊施設などのアート作品を制作するコミッションワーク、個展やグループ展への出展、和紙造形のワークショップ主宰など:。

URL:https://www.paper-blue.com/

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