活版印刷とコットンペーパーの幸せなマリアージュ。
DEAR FACTORY かがわ ゆか氏
そもそも活版印刷に魅力を感じたのは
オフセットやデジタルが印刷の主流になった現在でも、活版印刷に魅力を感じている方がいらっしゃいます。「Kizuki.Japan」でも岐阜のORGAN活版印刷室や、活版印刷の活字を鋳造する横浜の築地活字を取材しています。いずれもワークショップを開催し、熱心な活版印刷や活字ファンが増えているようです。今回訪れたのは、手づくりのコットンペーパーで活版印刷を行っている「DEAR FACTORY」。代表でアートディレクターのかがわ ゆか氏に、まずは活版印刷との出会いをうかがいました。
「ロンドンオリンピックの頃、東京で期間限定のセレクトショップがあり、イギリスのレタープレス(活版印刷)工房でつくられたカードなどが並べられていました。それを見てステキだな、私もやってみたいと感じたのです」
広告制作会社でデザイナーとして働いていたかがわ氏にとって、仕事で接していた印刷物とはまったく異なる活版印刷。その活字のへこみやインキの擦れ具合、手にした時の風合いにすっかり魅せられてしまったようです。その思いが高じて、中古の「手キン」(手動式の活版印刷機)を購入。
「活字も置いていますが、データから版をつくることもできます。活字には活字の魅力がありますし、イラストはデータから金属や樹脂の版もつくれます。今は名刺、レターセットやウエディングの案内状、カレンダーなどをつくっています」
コットンペーパーにこだわったのは
こうした中、コットンペーパーとの出会いもありました。
「3年ほど前に見た海外のウェディングカードに、細いペン文字でカリグラフィーが印刷してあり、紙の耳がレースのようにヒラヒラしているものがありました。それがハンドメイドのコットンペーパーでした」
コットンペーパーが活版印刷に向いていることは、すぐに分かったそうです。
「活版印刷にどの紙が適しているのか、洋紙だけでなく和紙も試してみました。いろいろと試してみましたが、印圧が強めの活版印刷の効果を出すには、しっかりとした厚みが必要です。その厚みがありながら柔らかく、存在感を感じる手触りや風合いがコットンペーパーだったのです」
当初はコットンペーパーそのものを輸入していましたが、しばらくすると原料を輸入して、自分たちで手づくりするようになりました。
試行錯誤した、手づくりコットンペーパー
手づくりに挑戦したものの、なかなか上手くいかず、最初は大変だったようです。
「日本では綿から紙をつくってこなかったので知っている人もいなく、紙づくりはまったくの独学でした。本を読んだり、和紙の紙漉き映像を参考にしたり、トライ&エラーが続きました」
今では店舗の奥に、小型のビーター(原料を細かくほぐす機械)があり、スタッフの杉本さんがコットンペーパーを漉いています。
その工程は上図のような流れ。色を均一に染めるのは難しく、ムラなく染めるために研究しているそうです。また、乾燥は夏場だと1.5日程度、冬は2日くらいかかります。通常より厚めのためどうしても時間がかかります。では、厚くても柔らかいのはなぜなのか。
「和紙の材料のコウゾやミツマタなどは繊維が長い植物で、薄く漉けることが魅了ですが、コットンの長い繊維は衣類に使われ、短い繊維がペーパー用に使われます。厚く漉いても空気を含み、その結果柔らかい紙に仕上がるのです」
ワークショップでその魅力を伝えたい
「DEAR FACTORY」では2020年のオープン当初からワークショップを予定していましたが、そこに襲い掛かったのが新型コロナウイルスでした。
「コロナ禍で予定していたワークショップが開催できず、ウエディング関係の仕事も激減しました。なんとか一昨年あたりから、ワークショップの方はボチボチ再開しています」
ワークショップでは、活版印刷でカードをつくる、コットンペーパーでペーパークラフトをつくる、などいろいろなメニューを用意しているとのこと。その都度、サイトで案内しています。
「私自身、表現者としてデザインワークも行いますが、ワークショップを通じて活版印刷やペーパークラフトを中心としたものづくりの魅力を皆さんに発信していきたいと思っています」
環境的にも魅力のあるコットンペーパー
コットンは多年草です。つまり複数年にわたって収穫ができます。収穫を手作業で行えば、石油資源や機械も消費しないので環境を大切にする社会に適しています。また、もともと白い綿花なので漂白処理も不要。こうした点からも、コットンペーパーは環境保全に配慮した素材といっていいでしょう。かがわ氏はさらに次のような構想を練っています。
「天然の植物繊維であれば、なんでも紙になりますよね。いま、ファッション企業から出る残布や落ち綿を使って紙にアップサイクルすることを考えています。お声がけした企業さんとテストに入ろうとしている段階です」
なるほど、そうすれば企業は残布や落ち綿の処理業務もなくなるし、元々は洋服の一部だったというコットンペーパーに新たな付加価値が付きそうです。
「自分の着ていた洋服が紙になって、レターとして戻ってくるとステキじゃないですか。そんなストーリーがおもしろいと感じています」
デジタルだ、DXだと、効率とかスピードばかりが求められるような世の中ですが、こうした時代にこそ、本当に大切なことや伝えたい気持ちを確実に届けるには、紙に綴られた文字や印象に残る印刷物が良いようにも感じます。かがわ氏はこれからの想いを次のように語られました。
「ペーパーレスの時代だからこそ、紙に印刷したものの良さ、コットンペーパーと活版印刷という付加価値を付けて、皆さんが手に取りやすいものをつくっていきたい」
ワークショップには活版印刷が初めての人から、活字セットを持った人まで、さまざまな方が参加します。20代のデザイナーで、活版印刷とコットンペーパーを使って、自分の作品をつくっていきたいという人もいました。かがわ氏の紙の価値を見直して、気持ちを伝えていくことの大切さや、日常に豊かさを感じられるペーパーアイテムを提案したいという思いは、静かにでも確実に伝わっているように感じました。
DEAR FACTORY かがわ ゆか氏
桑沢デザイン研究所でデザインを学び、都内の広告制作会社に就職。約20年在籍した後、独立し「DEAR FACTORY」を創設。ハンドメイドで柔らかい耳が特徴のコットンペーパーを製造とともにコットンペーパーに活版印刷を施した作品を販売している。またワークショップを開催し、活版印刷やコットンペーパーによるものづくりの魅力を発信している。