紙を漉くだけでなく、伝えていくことを大事にしたい

細川紙 谷野裕子氏

 2017年11月、都内に住む若い女性から電話がかかってきた。
 「和紙でできたウェディングドレスで、結婚式をあげたい」
挙式を半年後に控える女性からの依頼だった。谷野氏は迷う。手漉き和紙でドレスを作った経験はあるが、和紙を細く裁断して撚って糸状にし、織っていくには時間が足りない。そこでコウゾ100%の和紙にこんにゃくのりを塗ってやわらかくなるまで揉む、揉み紙加工を施した和紙を縫製担当のドレス工房に納めることで引き受けた。しかも、無料で…。その理由はこうだった。
 「もちろん、材料費などさまざまなコストがかかります。けれど、それよりも完成したドレスの写真をPRするために使わせてくださいとお願いしました。和紙でこんなことができるということを多くの方に伝えたかったからです」

仕上がったウェディングドレス

商社のシステム管理から和紙職人へ

 和紙職人になる前、谷野氏は専門商社でコンピュータ―を扱い、プログラムを組む仕事をしていた。ところが、会社の都合で住居を埼玉県に移したことによって、和紙や紙漉き工房に出合う。始めはドライブがてらに見学しただけだったが、まさに今までのデジタルの世界とは180度異なる職人の世界に次第に興味を持ち、その世界に入りたいと強く思うようになった。そして埼玉県が行う和紙職人養成講座に飛び込む。
 「会社は辞めました。それまでは共稼ぎでしたから、いきなり主人に負担をかけることになりましたが、それだけに早くこの道で食べていけるようになろうと必死でした」
子育てと家事、それにご主人のご両親の介護と、目の回るような忙しさだったが、講座のない日は自宅で紙を漉き、カードやハガキを作って県内のギャラリーに売り込みに行く。またアルバイトにも精を出した。

今までのやり方を変えて、独自のスタイルで

 「和紙職人の家で育った方が、自ら営業していくのはなかなか難しいと思います。間に問屋さんが入って、和紙を買ってもらって店に卸すといった今までのやり方の方が楽だったでしょう。でもそれでは、実際に和紙を使ってくださるお客さんが何を求めているのか分からない。お客さんが求めているものを作るのが職人なら、直接お客さんの声を聞かなければ、と考えたのです」
 商社に勤めていた谷野氏だからこそ、生産から流通を経て、消費者の手元に届く流れやシステムは熟知している。そして、そのフレームから外れて仕事をしていく大変さは、容易に想像できただろう。
 「お店に行くと生産者の写真入りで“◯◯さんのキュウリ”とか、よくありますね。私も直接生産者の顔が見えることが、大切だと思ったのです。直にお客さんの反応を聞き、どこが要望と違っていたかを確認して、少しずつ改善して納品する。手間もかかるし、大変ですが、そうやって私自身がお客さんによって育てられた気がします」 
 特に内装用の壁紙を作るには、設計士、施工関係者、それに施主を含めた打ち合わせが欠かせない。施主が気に入る色やデザインなどをつかむことも大切な作業だ。紙を漉く時とは別の緊張感があるに違いない。

和紙を使った内装の施工事例。ホテルのカフェと茶室

農作業から和紙が市場に出るまで、すべては繋がっている

 谷野氏はコウゾの栽培も手掛けている。東日本の震災やユネスコの認定後、以前よりも熱心に栽培しているという。
 「原料がないとモノは作れません。いくら紙を漉きたいと思っても、コウゾがなければ漉くことができないのです。そうすると私達の仕事は成り立たなくなる。ウチの紙を使って製品を作られている方も困る。だから自分でコウゾを栽培し、安定して原料を供給することが、まず大切。栽培は組織化し、もしもの時は他の産地と協力し合えるような関係を作っています。紙漉きはその後です」
 和紙作りは林業や農業と繋がっており、山や畑が元気で、いい水が無ければ和紙はできない。つまり一人だけ紙漉をすればいいというわけでなく、自然や環境のことを考えながら、大きな流れの中で仕事をしていくということだ。

工房の周りにはコウゾの外皮が干されている

職人は寡黙でいいというのは大きな誤解

 さらに谷野氏は、これからの和紙職人は紙を漉くだけでなく、お客さんとの対応はもちろん、自分を売ることもできないといけないと語る。
 「結局、和紙などの伝統文化は、昔からあるものを修復していくか、新たなものを消費してもらわないと残らない。21世紀でも使えるように、ちょっと形を変えてでも、使ってもらわないとその技術は残らないのです。そのためには、職人も売りこむべき。またお客さんが何を望んでいるかを受けとめて、喜んでもらうものを作らないと未来はないと思っています」
 お客さんが満足するものができて、初めて和紙職人。その原点を大切にしながら、谷野氏は品質の高い書写用和紙を生産する一方、和紙の良さや技術を伝えていくことや和紙の可能性を追求する活動をこれからも続けていく。

バリ島で紙作りを教える文教大学との産学協同プロジェク
ゴミや不純物をていねいに取り除くフランス人の実習生マルティーン・パテュー氏

 


谷野裕子

谷野裕子

細川紙技術保持者/埼玉伝統工芸士/彩の国優秀技能者 30歳を過ぎ、紙漉き職人を目指す。 現在、細川紙の正会員として工房「手漉き和紙 たにの」を運営するほか、学校・博物館・美術館等での和紙作りの指導や講演、他産地や海外での技術指導を行う。


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