伝統を引き継ぎながら、色や素材への挑戦を続ける
月山和紙 大井沢工房さんぽ 三浦一之氏
月山のふもと、山形県西川町は、湯殿山、羽黒山とともに出羽三山と称せられる山岳信仰の地だ。月山和紙は、岩根沢三山神社がある岩根沢地区で漉かれていた西山和紙を源流としており、明治33年(1900年)には221戸が冬季の副業として漉いていたという。しかし洋紙の普及と高度経済成長のあおりで紙漉農家は激減。岩根沢の飯野博雄氏が「月山和紙」と名を変えて、1995年春まで独り伝統を守っていた。西川町も貴重な工芸を残すべく、1989年大井沢に「自然と匠の伝承館」を建てて和紙の作業場を整えたが、飯野氏に就業を辞退され、結局町は後継者を探すことに。そこに迎えられたのが、三浦一之氏である。
国産材料、手漉きにこだわって西川町に
三浦一之氏は1951年秋田県の生まれ。工業高校卒業後、東京でサラリーマン生活を送っていたが、35歳で好きな和紙を仕事にすることを決心、埼玉県の小川町で修業を始めた。小川町は、後にユネスコ無形文化財となる「細川紙」の産地で和紙産業の集積地。しかし国産コウゾを手漉きする「細川紙」が全てではなく、主流は輸入コウゾを使った和紙であり、安価なパルプを混ぜたものもあった。三浦氏は、国産コウゾを手作業で漉く伝統的な和紙を作りたくて、修業5年目くらいから、独立の途を探りはじめた。そこで出会ったのが、小川町まで紙漉き職人を探しにきていた西川町の職員だった。
「実際に西川町を訪れてみると、朝日連峰や月山、清流寒河江川がある自然豊かな環境は、紙漉きをするには理想的な場所でした。冬場は3mも雪が積もりますが、もともと秋田出身なので、雪への抵抗も無かったです」
こうして1993年に西川町に移り住み、国産コウゾにこだわり、薬品漂白をしないことを信条に、伝承館で新たな月山和紙の伝統を築き始めた。地元でコウゾを収穫し、人手の要るコウゾ蒸かしや皮剥ぎをするときは、地域の方にも手伝ってもらった。地理的特長を生かした和紙づくりを心がけ、雪晒しや寒ぐれをおこない、山形の特産品であるベニバナ、大井沢のブナやヤマブドウ、月山タケノコを取り入れた紙を漉いてみた。三浦氏の月山和紙づくりは、こうして徐々に軌道に乗っていった。
工房を構え、創作の幅を広げる
2002年には自宅兼用の工房を新築し、和紙作りの領域を広げた。伝統的な月山和紙のサイズは、障子紙として使いやすい月山判(30cm×78cm)と、一般的な菊判(63cm×94cm)の二通り。それに加え、三浦氏の作る和紙の評判を聞きつけた各方面の需要家から、多彩な注文が舞い込んだ。東北芸術工科大学からは、日本画を学ぶ学生用に50号(103cm×130cm)の特厚和紙を100枚単位で受注。同じく文化財修復を学ぶ学生用には、菊判塵入り6匁弱を250枚受注した。また紙問屋からも、月山判の雪さらし・寒漉きで板干しのもの、とか、煮熟をソーダ灰でなく灰汁(あく。木の灰)でしたもの、など、こだわりの注文がくる。加えて近隣のNPOや自治体からは、地域おこしや特産品づくりに和紙を使えないかと相談された。たとえば隣の大江町からは、かつての特産品、青苧(あおそ。イラクサ科の多年草で、養蚕が始まる明治以前は高級織物の原料として珍重された)の復活を目指すNPOから、青苧の和紙をつくれないかと依頼され、それに応えた。
和紙あかりの可能性もひきだす
そうした中で、もっともひんぱん、かつ大量に、三浦氏の和紙を使ってくれているのは、西川町志津在住の「月山和紙あかりアーティスト」せいのまゆみ氏である。せいの氏は、自宅にあった古い月山和紙を使ってあかり作りを始めたが、人に教えるようになると、紙の在庫が足りなくなる。新しい紙を色々試してみるが、どれも古い和紙のような風合いや、作業性を再現できない。それが、三浦氏のつくる月山和紙を使った途端、千切った風合い、造形が自在にできる作業性の良さ、それに天然素材で染めたやさしい色のバリエーションなどで、創作意欲が一気に膨らんだという。
三浦氏は、売る予定のない試作品をたくさん作り、工房の2階に密かにストックしているのだが、せいの氏はそこにも出入り自由となった。三浦氏が「失敗作」と呼ぶような漉きムラや凸凹のある紙も、せいの氏には魅力的な個性に見える。そう、三浦氏の和紙づくりのポテンシャルを最大限に引き出しているのは、せいの氏の、あかりを透して和紙を見つめる目、なのかもしれない。
三浦一之
1951年、秋田県生まれ。35歳で一念発起、サラリーマン生活に終止符をうち紙漉きの道に入る。埼玉県小川町で7年間修業ののち、1993年山形県西川町に移住。同町岩根沢の飯野博雄氏より月山和紙を継承し「自然と匠の伝承館」にて和紙づくりに取り組む。2002年に自宅兼工房の「さんぽ」を開設、拠点を工房に移すが、伝承館での「紙漉き体験」などの指導も続ける。2017年、伝承館に後継のシブヤナオコ氏が就業。現在はシブヤ氏と連携しつつ、日々理想の和紙づくりに邁進している。
月山和紙 大井沢工房さんぽ
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